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2017/08/23 11:12 |
播磨坂(はりまざか)



たまたま通り掛かった播磨坂の桜並木が、とても綺麗だった。
まだ満開にはなっていないけど、週末には見事に咲き誇りそうである。


震災の影響で、今年の桜祭りは中止になったらしい。
毎年、播磨坂には屋台が軒を連ねて賑やかになるのだが、やはり寂しいな、とは思う。

お花見の自粛について色々お話が出ているが、個人的には
「やっていいと思うよ。」
と思っている。


咲き誇る桜の見事さに足をとめる事も、桜を眺めながらお酒を飲んでドンチャンやる事も『今』を精一杯生きている証なのだ。

もちろん、控える事だってアリだと思う。だが、そもそも本来、そこに良い悪いは存在しないハズなのだ。

ただ、
「楽しむな!!」
というのは、絶対に間違っている。

それは、電力が足りなくなるから野球の開幕を延期する事や、物資が足りなくなるから買い占めを控えるのとは、全く意味が違う。
それを、お偉いさんがメディアを使って熱弁ふるっている事自体がチンプンカンプンなのだ。

募金だってする。
節電だってする。
自分たちができる事を考える。
そして、自分にもちゃんとエネルギーを与える。
でないと、人のために動く事が出来ないではないか。そんなに皆が皆、聖人のようにはなれない。

知人の日記に、「ランタンの明かりで花見をしながら、福島県産のお酒を飲んでいる人達が居た」というのがあった。そういうやり方だってあるのだ。


自分は、綺麗に咲き誇った花を、精一杯愛でようと思う。

その景色を忘れずに守っていこうと思う。

そして、そのエネルギーを誰かの為に使おうと思うのだ。




小櫃川桃郎太(おびつがわももろうた)





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2011/04/04 21:36 | Comments(0) | TrackBack(0) | 桃郎太は考える
DULL-COLORED POPの活動休止について




少し前になるが、
DULL-COLORED POPが、今年の10月公演を境に、無期限の活動休止を宣言した。
この事について、書こうと思う。
―思うのだが、なかなか、何を書けばいいのか、まとまらない。
多分に私的な感情が入ってくるので、公的な場で書こうと思うと、難しいものだ。



自分は、単純にこの劇団の作品が好きだったので、やはりショックである。

役者として、第6回公演『小部屋の中のマリー』に出演できた事も本当に嬉しかったし、
なんやかやで第4回公演『ベツレヘム精神病院』から、ずっと観劇している。

骨太で、挑戦的な作品創り。
毎回「無茶するなあ。(笑)」と思わせる新たな試み。
しっかりした土台がありながらも、
どこか子供みたいにやんちゃな部分もある作風を毎回楽しみにしてきた。


猫道さんのイベントで共演したのが初対面だったのだが、
クラブイベントのゲストで、しかも真ん中の出番なのに、
自分達の芝居用に4畳半の舞台セットを組み立て、
出番が終わったらバラす団体が居るとは、夢にも思わなかった。

「世の中、変人っているもんだなあ。」と、素直に感心したものである。


DULL-COLORED POPのメンバーは、主宰の谷さんと、
先日の一座の公演に参加していただいた堀奈津美さん、そして清水那保さん。
それと、つい最近、制作の方が入ったらしいので4人だが、
それまでの間はずっと、3人でやってきたらしい。

これって、素晴らしい事だと思う。

もちろん、毎回の客演陣やスタッフに支えられて、なのであるが、
でも、あれだけの公演を3人中心でやってきたというのは、やっぱり素晴らしいことだよ。
少なくとも、自分はそう思う。


長いこと尋常でないペースで戦い、駆け抜けて来た彼らが、一旦、その足を休める。

小難しい事は書けない。やっぱり、単純にショックなんだよ。
俺は、あなた達の創り出す作品が好きでしたので。



ひとりの観客として再起を心待ちにし、

ひとりの芝居屋として健闘を称え、

ひとりの友人として、公演が終わったら酒でも飲みましょう、と

ここに記します。





            小櫃川 桃郎太(おびつがわ ももろうた)
 


2009/09/25 15:46 | Comments(0) | TrackBack(0) | 桃郎太は考える
今年も、また



すでに先日ですが、今年も、この日がやってきました。



沖縄へ、黙祷を。



(詳しくは、過去の記事
カテゴリ【桃郎太は考える】より
『沖縄戦の痛みを』
http://ob2.blog.shinobi.jp/Entry/41/
を参照してください。)




                      小櫃川 桃郎太(おびつがわ ももろうた)


2008/06/24 00:12 | Comments(2) | TrackBack(0) | 桃郎太は考える
現実と虚構の狭間(はざま)で








【小部屋の中のマリー】終了から3日。

様々な感想がよせられているようです。
私も、ネット上で読ませていただいております。



書くべき事、書きたい事が様々あるのですが、

まずは
6(金)19:30の回が公演中止になった事について、
遅ればせながら、お詫びをさせていただきます。


前日の公演中に、役者が舞台上で怪我をしてしまったため、病院で検査を受けました。
幸い、精密検査の結果、特に異常は見られなかったそうですが、
主催の谷さんから
「医師から「24時間は絶対安静」との指示をいただいた事を踏まえ、
主催側の判断として、やむなく公演を中止します。申し訳ありません。」
との連絡をいただきました。

私の関係者、十数人の方々は、スケジュール上、この回以外では観劇ができず、
予約をキャンセルしていただく事になってしまった事を、深くお詫び申し上げます。

そして本来なら、この事は公演中止の当日に書かれなければならないのですが、文章の掲載が
このように遅くなってしまった事、重ねてお詫び申し上げます。

今回の公演が好評だっただけに、私としても残念でなりません。
今回、観劇のできなかった方々には、別の公演でお返しをさせていただきたいと思っております。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・



そして、この日、
例の『秋葉原通り魔事件』が起こりました。


私は、その時劇場に居て、事件の事をスタッフの方から聞いたのですが、
「なんて事だ・・・」と、愕然としてしまいました。


【マリー】の芝居中の台詞、

(安城)「狂っているヤツはごまんと居るよ。」

という言葉が脳裏をよぎり、うすら寒い感覚を味わったのを覚えています。



そして、これも芝居中の、特に重要ではない台詞ですが

(役者1)「マリーは政治にだって詳しいのです。」

(マリー)「フリー・チベット!!」

というのがあります。


私は、5月初めに入院していたため、その期間、やたらとニュースを見ていた訳ですが、
2週間程度の間に

『豊田 女子高校生殺害事件』が起こり、

『舞鶴 女子高校生殺害事件』が起こり、

『ミャンマー サイクロン災害』が起こり、

『四川省 大地震』が起こりました。

さらに、『マリー』の台本執筆中に
『オーストリアで24年間監禁』という事件が発表されています。



「フリーチベット!!」という言葉は、たった一ヶ月の間に
過去の産物となってしまっていました。

次々と起こる新たな事件、新たな報道によって、
人々の意識は常に【今の事件】に向かわざるを得ない状態になっているのです。

たとえ、過去の事柄が現在も進行しているとしても、それを報道から知る事は、まずできません。




私はその日、秋葉原の事件の事を考えながら、
【マリー】のレイトショー公演に向けて準備を進めていました。


現実社会では、作り話のような出来事がめまぐるしく起こり、過去の事件はどんどん埋もれていく。
新たな色の下に隠れ、塗りつぶされ、忘れられていく。

そんな中、『劇場』という小部屋の中で、
我々はこれから観客を相手に架空の事柄を演じようとしている。

それは現実の延長であり、写し身であり、残像であるはずなのに、
『外』の世界は恐ろしい速さで新たな色を塗り重ねていく。





これって、いったい何なのだろう。




深夜にも関わらず、多くの方が劇場に足を運んでくださいました。
私を含め、ほとんどの役者達は、そのまま劇場に泊まりました。寝床は客席です。

次の公演まで、10時間程度。
客席で横になりながら、頭の片隅に、
今、自分が寝ている場所から、そう離れていない、事件現場の事が浮かびました。




現実と虚構のはざまに立っている時、自分という存在は何処にあるのだろう。
何ができるのだろう。





そんなことを考えていました。




ひとつハッキリしている事は、
世相を先読みするとか、(事件にしろ流行にしろ)最先端を察知するとか、
それも大事なのかもしれないけど、それによって、視えづらくなる事、
埋もれてしまう事が数多くあって、
速さに対応しようとすることが、却って事態を悪化させているのではないか、という事。



疾走していく現実の鼻先を必死で追いかけるのではなく、
ただ、眺めているのでもなく、
自分達の足元にあるものを見据え、掘り起こしていく作業を繰り返す事が、
実は必要なのではないのか。



今は、そんなことを考えたりしています。






                           小櫃川 桃郎太(おびつがわ ももろうた)





2008/06/13 02:25 | Comments(0) | TrackBack(0) | 桃郎太は考える
小櫃川一座のおしながき

 
作品創りをする時、季節感を出すように心がけています。
 
 
公演する時期に合わせて、
季節にちなんだ題材を元に創作を始める事を心がけているのです。
(とは言いながら、12月に【竹取物語】をやったり
5
月に【四谷怪談】をやったりしているのですけど・・・)
 
 
上演作品に季節感を盛り込むことは、
舞台では(特に小劇場では)あまり意識されません。

そもそも、公演する時期が不定期だし、
内容だってそこに合わせる必要は無い訳ですから、当然の事と言えます。
【現代】または【現在】の抱える問題を扱い、
古今東西の様々な命題に挑戦する
<演劇>という芸術を考えるならば、

季節感などは二の次。
それが無くたって、特に問題は無いのです。
 
 
では、なぜ私がそこにこだわっているかと言えば、

【季節感】とは、我々日本人が持っている、
強い【武器】だと思っているからです。
 
 
 
【和モノ】を【日本人】が創作する場合、
季節感というものは、切っても切り離せないものになってきます。

料理や菓子の世界に代表されるように、
四季の素材や景観を作品に取り込むのは、身近に行われている事です。
 
例を挙げれば、
「もうすぐ、こどもの日だねー。」と言われて、
当然、頭に浮かぶのは
【鯉のぼり】や【かしわ餅】。
 
というように、
誰でも子供の頃から四季の情景や行事には共通の認識を持っていて、
いわゆる【和モノ】は、そこを無視しては語れないのです。
歌舞伎などは、まさにそうですよね。
 
 
季節の草花や空気感、折々の情景、行事、祭事
などを取り込んだ作品(商品)の開発は、
長い歴史の中で、様々なジャンルにおいて
常に、新たに行われています。
そして、我々日本人は、その能力に非常に長けているのです。
 
これは世界的にみても、大変に珍しいそうです。
 
 
 
ここで話は戻りますが、演劇に季節感を取り込む事は、必ずしも有効とは限りません。
 
 
ですが、
自分達には、そういった特殊で素晴らしい能力が備わっているという事は、
もっともっと認識するべきだし、
それを活用しない事は非常にもったいないな、と思うのです。
 
話が大きくなりますが、
自分の生まれた国の持っている特長を知り、活用する事は、
それがどんなジャンルであれ、
世界で戦える力をもはぐくむ事になると思っています。
それが、私の考える【武器】です。
 
そのうえで、【現代】や【現在】だって、キチンと踏まえるのですけどね。
そこはコッソリと。
 
 
 
一座での過去の作品を並べてみると
 
【春之仁】 ヤクザもの(4月) 
【夏之仁】 四谷怪談(8月) 
【秋之仁】 長屋もの(11月)  
【冬之仁】 竹取物語(2月)
【帰ってきた夏之仁】 (5月)
【雪女】  (2月)
【番頭!皿屋敷】 (5月 こどもの日)
【怪談・まんじゅうこわい】 (8月 お盆)
 
あ、あと番外編で
【マッチ売りの後家】(12月 大晦日)っていうのがあったな()
 
 
当面の目標は、
各月ごとに1作品以上の脚本をストックする事です。

 
書き溜まったら、『12ヶ月連続公演』やりたいな。
 
 
 
 
 
                          小櫃川桃郎太(おびつがわももろうた)
 
 

2008/04/29 20:29 | Comments(0) | TrackBack(0) | 桃郎太は考える

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