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2017/05/30 05:52 |
今年も、また



すでに先日ですが、今年も、この日がやってきました。



沖縄へ、黙祷を。



(詳しくは、過去の記事
カテゴリ【桃郎太は考える】より
『沖縄戦の痛みを』
http://ob2.blog.shinobi.jp/Entry/41/
を参照してください。)




                      小櫃川 桃郎太(おびつがわ ももろうた)

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2008/06/24 00:12 | Comments(2) | TrackBack(0) | 桃郎太は考える

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コメント

はじめまして。いや正確には山寺コンサートで一度お目にかかっておりますが…。
沖縄戦のむごさは、私は近年になって少しずつ各種報道で知るようになりました。しかも、権力者によって当時も現在でも真相が隠蔽、改ざんされていることも。
新聞や本で戦争の記事を見つけると、食い入るように、すなわち自分の体に目の前の記録を全て刻み込もうという気持ちで読みます。犠牲者の方々にはなんの役にも立てないのですが。
桃郎太さんの言葉にあった、当事者の悔しさが痛い、という気持ちは、痛みの程度に差はあるでしょうが私も常にいだいています。政治を論じるより、苦しんだ方々の痛みや悲しみを出来る限り想像して、周囲の人々(私の場合は子供たちですが)に語って共有していくことが、私のやれることです。
ひとつ、迷っていることがありました。以前は毎年、原爆の日の投下時間に黙祷を捧げていたのですが、数年前から、黙祷している自分がなにやらおりこうさんを演じて自己満足しているだけのような気がして、できなくなっていました。
でも桃郎太さんの「沖縄へ、黙祷を。」を読ませていただいて、精一杯の思いを黙祷に込めて捧げるという行為を通じて、自分自身の反戦と追悼の決意を確認するのだ、と考え始めています。理解が異なっていたらごめんなさい。
桃郎太さんの文章は、表現したい有り様に対する言葉の選び取りかたに妥協がなく、舞台でもきっとそうなのでしょうが、誠実さを感じます。子供たちが大きくなったら、“小屋”なる場所へも出かけてみたいと切に思います。来月にも舞台があるそうですね。幸せを感じる出来になるようお祈りします。では又。
posted by okaat 2008/06/24 23:18 [ コメントを修正する ]

okaさん、書き込みありがとうございます。

聞修院でお会いしているのですね。重ねてありがとうございます。


okaさんの「自分の体に目の前の記録を全て刻み込もうという気持ちで読みます。」
という言葉に、大変感動いたしました。
考え、伝えていくという事は、今現在生きている我々ができる、一番大事な事だと
思います。

私は、犠牲者の方々にとって、一番つらくて悔しいのは【忘れられて】しまう事ではないかと考えているのです。

ですから、自分の中に刻み込み伝えていく事は、とても大切で、それこそが犠牲者のためにできる事なのではないでしょうか。


okaさんが感じたように、私も、黙祷をする自分がカタチだけになっているのではないか、と考えた事があります。
でも、本当に、まずはそれしかできないんですよね。
きっとそこから、考える事も動く事も始まるのでしょう。

だから、そこに精一杯の想いを込めて。
これからも、忘れないように。




このような書き込みをいただいて、本当に嬉しいです。

お子さんも観にきてくれたら、嬉しくて飛び上がってしまうなあ、きっと☆
一座の公演を観て、お子さんも一緒に、心の片隅に何かを残していただけるような、そんな作品を創っていきたいと思います。
posted by 小櫃川 桃郎太at 2008/06/25 00:32 [ コメントを修正する ]

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