テラ・アーツファクトリー公演 『アンチゴネー/血 Ⅱ』を観てきました。
実は私、数年前から、この『テラ・アーツファクトリー』代表の林英樹さんの行う
ワークショップに参加していまして、2回ほど出演したこともございます。
小櫃川一座とはまったく色が違うので、驚かれる方が多いですね。
逆に、テラの方々が小櫃川の公演を観ると、これもまた驚きます(笑)。
ワークショップに参加していまして、2回ほど出演したこともございます。
小櫃川一座とはまったく色が違うので、驚かれる方が多いですね。
逆に、テラの方々が小櫃川の公演を観ると、これもまた驚きます(笑)。
ストーリーがあるわけではなく、ある題材やテキストを素材として使い、
新たな命を生み出そうとする試みを行っている団体です。
新たな命を生み出そうとする試みを行っている団体です。
私は内輪の人間という事になるので、
以下に書いた文章がそのまま客観的な意見にはならないかも知れませんが、
本番当日まで内容は知らされておりません。とりあえず自分なりの意見を書いてみました。
以下に書いた文章がそのまま客観的な意見にはならないかも知れませんが、
本番当日まで内容は知らされておりません。とりあえず自分なりの意見を書いてみました。
テラ・アーツファクトリーについて詳しく知りたい方はこちらへ。
ギリシャ悲劇『アンチゴネー』を題材に、現代に生きる者達の声をPCの掲示板というカタチで取り込み、
2400年という時間・空間の隔たりを飛び越え、過去と現在の世界を接続させる試み。
2400年という時間・空間の隔たりを飛び越え、過去と現在の世界を接続させる試み。
舞台上に現れる4人のオフィスレディー達(「OL」でいいじゃないか、と思うのですが、これは全然別の話)。
皆、仮面を被り、無機質にキーボードを打ち続けている。
皆、仮面を被り、無機質にキーボードを打ち続けている。
カタカタと音をたてるパソコンは、
(最終的に)大いなる意思に接続するという行為のメタファである、と思われる。
(最終的に)大いなる意思に接続するという行為のメタファである、と思われる。
接続(アクセス)するのは、舞台上の女性達であり、我々観客自身。
アンチゴネーの貫き通した意思は、社会の中で生きる人間からの脱却であり、脱皮である。
男性出演者は一人だけ。
彼がクレオン。権威と社会の象徴である。
そのオトコは何枚も何枚も衣服を着込み、ブクブクに膨れ上がり、動けない王となる。
逆に女性達は衣服を脱ぎ、清らかな意識へと還っていく。
衣服を脱いだ女達と着膨れしたオトコの言葉同士がぶつかり合い、弾け、空間を埋め尽くす。
やがて、切り刻まれた布切れの山に埋められていた一人の女性が、ゆっくりと起き上がる。
それは、まるでサナギから蝶が産まれてくるのを見るような、美しい瞬間。
彼女は人という存在から、神秘的な存在に生まれ変わったのだ。
最後、女性達は布切れの山に自分達の『血』を撒き散らし、還っていく。
回帰する。
演劇の根底には儀式(セレモニー)があるという事を感じさせる作品でした。
出演者は皆20代半ばなのですが、80分間ほとんど動きっぱなしで舞台に存在しないといけないので、
相当気力と集中力を使ったと思われます。
相当気力と集中力を使ったと思われます。
『自決』と『自殺』には、大きな隔たりがあると思っているので、その辺りのズレや、
私が男性で30代であるためか、掲示板テキストに対してどうにも違和感を覚えてしまう部分もありますが、
言葉がことばになる瞬間や、身体の奥から生まれる意識が空間を埋めて再構築していく形態は、
非常に興味深いです。
私が男性で30代であるためか、掲示板テキストに対してどうにも違和感を覚えてしまう部分もありますが、
言葉がことばになる瞬間や、身体の奥から生まれる意識が空間を埋めて再構築していく形態は、
非常に興味深いです。
ことば おと からだ いしき くうかん くうき
全ては同じ場所に還る。
小櫃川桃郎太(おびつがわ ももろうた)
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青梅コンサートから帰宅後、いきなり風邪をひいてしまいました。
これがまあ、なんともしつこく、しかもバイトが連続で入っていたため、休む事もできず、参りました。
まあ、なんとかかんとか、回復に向かっていたのですが、私は、ひとつ問題を抱えていました。
12月2日に、猫道一家党首、猫道さんから、ワークショップのお誘いを受けていたのです。
『藪の中』で共演した、岩☆ロックさんや菅野貴夫さんも参加するとあって、
楽しみにしていたのですが、なにしろ体調がこの有様。
前日に「途中、見学するかも」という事で連絡を入れ、若干熱っぽい身体で、会場に向かいました。
楽しみにしていたのですが、なにしろ体調がこの有様。
前日に「途中、見学するかも」という事で連絡を入れ、若干熱っぽい身体で、会場に向かいました。
今回のワークショップは、
「猫道一家が普段行っている稽古を体験してもらい、最後はシーンを創る」というものでした。
「猫道一家が普段行っている稽古を体験してもらい、最後はシーンを創る」というものでした。
猫道一家の公演に出演した事のある役者さんと、そうでない役者さん、合わせて10名程。
お互いの自己紹介をかねたゲームをしながら、徐々に身体を使ったトレーニングへ。
4~5人で感覚を置いて並び、音楽の中、その場でダッシュ。
猫道さんの掛け声で、周囲が(役者の肉体が)色々な状態に変化していきます。
「ダッシュ!」「ストップモーション!」「ダッシュ!」
「樽が前から転がってきます!」「木の枝が目の前に!」
などなど、横で見ているとゲームキャラが頑張っているようで面白いのですが、
やってる方は大変です。
「樽が前から転がってきます!」「木の枝が目の前に!」
などなど、横で見ているとゲームキャラが頑張っているようで面白いのですが、
やってる方は大変です。
「大きな樽!」「さらに大きな樽!」「ストップモーション!」
「ダッシュ!」「目の前が火の海に!」「大きな田嶋陽子が迫ってくる!」
「スローモーション!」
「ダッシュ!」「目の前が火の海に!」「大きな田嶋陽子が迫ってくる!」
「スローモーション!」
途中から感情の開放も入ってきます。
「大笑い!」「ダッシュ!」「泣き笑い!」「ストップモーション!」
「ダッシュ!」「樽!」「泣き笑いからだんだん怒りに変わる!」
「ダッシュ!」「樽!」「泣き笑いからだんだん怒りに変わる!」
さらに、キーワードを元にシーンを創ったりしていきます。
「お年寄り!」「ダッシュ!」「ストップモーション!」「樽!」「大きな樽!」
「木の枝!」「高田の馬場駅がジャイアント馬場に!」「ダッシュ!」「古館一郎!」・・・
「木の枝!」「高田の馬場駅がジャイアント馬場に!」「ダッシュ!」「古館一郎!」・・・
このトレーニングは「身体が疲れてもう動かなくなって、それでも動かそうとする事」
を目的としているそうで、限界値を超えたところからが勝負なのだそうです。キツイ。
を目的としているそうで、限界値を超えたところからが勝負なのだそうです。キツイ。
これを1グループ2セットずつ行いました。
風邪っぴきの私は、一度は見学していたのですが、だんだんうずうずしてきて、最後だけ参加。
とはいえ、この状態で限界値を超えて動かすのは危険なので、セーブしつつやりました。
そういう意味では、このトレーニングの趣旨から外れてしまった訳ですが、
ギリギリの線を見極めるという意識で行いました。
とはいえ、この状態で限界値を超えて動かすのは危険なので、セーブしつつやりました。
そういう意味では、このトレーニングの趣旨から外れてしまった訳ですが、
ギリギリの線を見極めるという意識で行いました。
キツイけど楽しいなあ、これ。
汗をダラダラかきながら、走り、叫びました。
猫道さんが「差し入れ、自由に食べてください。」とバナナやらお菓子やら飲み物などをくれました。
さすが『テニスサークルのような爽やかな劇団』をアピールしているだけはあります(笑)。
でも、これは本当にありがたかったです。チョコ棒、うめえ!!
さすが『テニスサークルのような爽やかな劇団』をアピールしているだけはあります(笑)。
でも、これは本当にありがたかったです。チョコ棒、うめえ!!
こんな感じで、午後の部は終了。
なんだか、来た時より元気になっていました。
ああいった場では、各々のエネルギー(生命力・気)が空間に充満しているわけで、
個人はエネルギーを消費するけど、それ以上に空間に満ちている『気』を吸収して、
相乗効果が起こっているのでしょう。『気の交流』というヤツですね。
個人はエネルギーを消費するけど、それ以上に空間に満ちている『気』を吸収して、
相乗効果が起こっているのでしょう。『気の交流』というヤツですね。
猫道一家の作品は、毎回、『地獄に向かう花柄の超特急』のような明るい狂気の疾走感があるのですが、
それを体現するためには、演じる側は尋常でないエネルギーを必要とするのでしょう。
それを体現するためには、演じる側は尋常でないエネルギーを必要とするのでしょう。
基本は生命力。
ラクして舞台に立てると思うなかれ。
夜の部では、短いテキストを使い、三人一組でワンシーンを創りました。
それぞれの持ち味が出ていて、非常に興味深かったです。
現代的な台詞を喋るのは久しぶりで、なんだか新鮮でした(笑)。
一緒にシーンを創ってくれた郷家さん、飯田さん、ありがとうございました。
猫道一家のブログ『歌舞伎魂―かぶきだましい―』へは、こちらから
夜9時過ぎに、ワークショップは終了。
西荻窪の飲み屋で、参加者の皆さんと話し、家路につきました。
恩田ツアーのワークショップでも感じた事ですが、
昨日までまったく知らなかった人や、知っていても親しいまではいかないといった方々と
身体を(『気』を)通して通じ合えるって、本当に楽しくて、嬉しい事です。
昨日までまったく知らなかった人や、知っていても親しいまではいかないといった方々と
身体を(『気』を)通して通じ合えるって、本当に楽しくて、嬉しい事です。
『語るなら拳で語れ』といった感じで、身体を通して相手を知るというのは、
もはやテレパシーみたいなものでしょう。
もはやテレパシーみたいなものでしょう。
言葉とはイキモノなので、
日常においてもそうですが、特に舞台上でやり取りされる言葉は、
身体を(『気』を、つまりは生命力を、つまりは内面の昂りを)通していないと、
その分スカスカになるのです。死んでしまうのです。
日常においてもそうですが、特に舞台上でやり取りされる言葉は、
身体を(『気』を、つまりは生命力を、つまりは内面の昂りを)通していないと、
その分スカスカになるのです。死んでしまうのです。
この辺りについては、また書きます。
ともあれ、またもや新たな出会いと、刺激をいただいた一日でした。
猫道さん、お誘いいただきありがとうございました。
小櫃川桃郎太(おびつがわ ももろうた)
さて、お待たせ致しました。青梅の聞修院コンサートの報告です。
遅くなって、すんませえぇぇぇぇえん!!!
前日(11月22日)の夕方。
演出の中川さんと、お手伝いのいとまきさん(劇団河馬壱の衣装・小道具担当の方)
と青梅で合流。会場となる、黒澤山聞修院へ。

と青梅で合流。会場となる、黒澤山聞修院へ。
青梅の気温は、絶対、都心より低い!
空気はとても清清しいのですが、とにかく寒い。
お寺の本堂では大きなストーブが焚かれていましたが、
それでも靴下を2枚履かないとやってられないくらい寒かったです。
それでも靴下を2枚履かないとやってられないくらい寒かったです。
このお寺はコンサートなどに良く使われているので、コードや照明機材が揃っているのです。
とはいえ、本堂に取り付けるには色々と工夫が要ります。
とはいえ、本堂に取り付けるには色々と工夫が要ります。
私は今まで3回ほど、このコンサートのお手伝いをしてきたので、案外スムーズに取り付けられました。
後から合流した、河馬壱の三沼さんが夕食を作ってくださり、さながら合宿のような雰囲気になりました。
いやあ、本当に美味しかった☆
いやあ、本当に美味しかった☆
さて、なんとか仕込みが終わり、私の稽古と全体の構成プランのまとめ。
あーでもない、こーでもないとやっていて、気が付いたらすでに夜中の2時半・・・
一杯だけお湯割りを飲んで、暖めてから寝ました。
コンサート当日。
素晴らしい天気。
ウォームアップは一人で外で行ったのですが、なんとも気持ちよい。
山は大きな力をくれました。
山は大きな力をくれました。
出演者の方々と打ち合わせながら、最初から順番に流れを確認。
照明のバランスも見なければならないのですが、明るい中なので、なかなか難しかったです。
会場時間が迫り、お客さんが入って来ます。
お年寄りから子供まで。とても賑やかです。
周囲の景色を楽しむのも、このコンサートの楽しみ。
今年はいつもより公演時期が遅かったため、紅葉が素晴らしく綺麗でした。
今年はいつもより公演時期が遅かったため、紅葉が素晴らしく綺麗でした。
曲目と朗読は、八王子でのコンサートと基本的に一緒。
ですが、構成がかなり異なります。
何しろ、観客が目の前にいて、ばっちり見えるため、出演側には、より一層のパワーが求められるのです。
私も今回は色々な入り口からひょっこり現れ、詠み、去っていくというやり方。
さすがに外は寒かった・・・。
今回も『悲しくてやりきれない』に感涙しそうになりました。
同じ曲でも、環境が違えば、聴こえ方はまったく変わるのだなあ、と、改めて実感いたしました。
個人的には、こういったミニマムな公演の方が好みです。
個人的には、こういったミニマムな公演の方が好みです。
それにしても、お寺の本堂でのコンサートというのが、こんなに違和感なくハマるのはなぜなのだろう?
お寺・声楽・ピアノ・ギター・コントラバス・朗読
一見、相容れないような、この組み合わせを可能にしているのは、
お寺という『場』の包容力と、音楽や朗読(演劇)が根源的に持っている要素を
しっかりと見抜き、並べている演出の妙技かと思われます。
お寺という『場』の包容力と、音楽や朗読(演劇)が根源的に持っている要素を
しっかりと見抜き、並べている演出の妙技かと思われます。
やはり、根本はみんな一緒で、それぞれが持ち味を高めあう時、
全ては同じ地平に立ち、あたかもひとつのイキモノのようになる。
それは観客席にも伝わり、まるで一個の世界のようになるのではないでしょうか。
全ては同じ地平に立ち、あたかもひとつのイキモノのようになる。
それは観客席にも伝わり、まるで一個の世界のようになるのではないでしょうか。
ただ違うジャンルの芸術を並べても、それはコラボレーションにはならない。
お互いが同じモノを求め、認め合わないと、成立はしないのだと思います。
お互いが同じモノを求め、認め合わないと、成立はしないのだと思います。
大きな拍手の中、コンサートは終了。
終演後は、大広間でご住職達の手料理が振舞われました。
毎年、これが美味しくて困ってしまいます。
観客の方々と出演者が共に飲み、食べ、話します。
劇団河馬壱の関係者の方々をはじめ、
今年お知り合いになった、演劇ユニット『恩田ツアー』主催の恩田ゆみさんと、
その友人の伊都子さんが東京から足を運んでくださいました。
三人で酒を飲み、庭に出て、すでに闇の濃くなりつつある青梅の景色を眺めつつ、
「ここも東京なのだなあ・・・」と、感慨にふけりました。
今年お知り合いになった、演劇ユニット『恩田ツアー』主催の恩田ゆみさんと、
その友人の伊都子さんが東京から足を運んでくださいました。
三人で酒を飲み、庭に出て、すでに闇の濃くなりつつある青梅の景色を眺めつつ、
「ここも東京なのだなあ・・・」と、感慨にふけりました。
恩田さんのブログに、今回のコンサートの詳細が掲載されています。興味ある方は、
へ。
いろいろな面で、今回の朗読出演は勉強になりました。
ご来場くださった方々、関係者の皆様、どうもありがとうございました。
* 尚、このコンサートの終了から数日後、入院されていた前田さんのお父上が亡くなったとの連絡をいただきました。愛娘のコンサートが無事終了するのを見届けるかのように、静かに息を引き取ったそうです。ご冥福をお祈りいたします。
小櫃川桃郎太(おびつがわ ももろうた)
すみません!!
聞修院コンサート終了後、あっさりと風邪をひき、ブログ更新できておりません。
ああ、恥ずかしい・・・。
とりあえず、その間にも色々と動いておりまして、近日中にUPします。
少々お待ちを!!
小櫃川 桃郎太(おびつがわ ももろうた)
先週、河馬壱の中川さんと、青梅コンサートについてのミーティングを行いました。
前回の八王子コンサートで、詩の朗読が好評をいただいたようです。
ありがたや、ありがたや。
近日中に写真をUPする予定ですので、お楽しみに☆
青梅では、会場がお寺になるので、雰囲気がガラリと変わります。
観客も、かなり近くなるので、戦略を考えなければならないのです。
歌と詩は、基本的に前回と同じですが、
全体を通してのニュアンスや構成を、かなり変化させて行く事になりそう。
衣装も考えなければならないのですが・・・
なかなか大変です。
以下、コンサートの詳細。
『ノスタルヂア~母ありて サトウハチローの詩によせて』
@ 黒澤山聞修院
出演 前田那大子 菅野しげ子 井草久美子 奈良成子
鈴木綾子 襟久倉布団 松尾聖悟 小櫃川桃郎太(小櫃川桃郎太一座)
演出 中川順子(劇団河馬壱)
日時 11月23日(金・祝)
開場 13:30 開演 14:00
会場 青梅 黒澤山聞修院
大人 前売り 2500円 当日 3000円
小・中学生 1000円
お寺の本堂でのアンサンブルコンサート。
ピアノ・ギター・コントラバスの編成も健在!
周囲の自然を楽しむのも、また一興かと!
* 駅からはタクシーの利用をお勧めします。
詳しくはこちら↓
http://www.monsyuin.org
ご連絡はお気軽に。
ご連絡はお気軽に。
小櫃川 桃郎太(おびつがわ ももろうた)